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前橋地方裁判所 昭和58年(行ウ)5号 判決 1988年3月24日

群馬県桐生市広沢町四丁目四六八〇番地

原告

渡辺実

右訴訟代理人弁護士

中川寛道

群馬県桐生市永楽町一番一五号

被告

桐生税務署長

渡邊和弘

右指定代理人

岩田好二

大原豊実

根津正人

清水利雄

藤牧幹也

近藤徳治

宮崎京應

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和五四年分所得税について、被告が昭和五七年一月六日になした更正のうち納付すべき本税の額二一八万五五〇〇円を超える部分、及び加算税を賦課する決定のうち金一〇万九二〇〇円を超える部分を、いずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  処分の経緯等

(一) 原告は、昭和五四年一〇月一二日、別紙物件目録記載の各土地(以下「甲土地」という。)を、代金四八〇〇万円で訴外佐藤健二に譲り渡した。そして昭和五四年分の納税申告(昭和五五年三月五日確定申告、同年一二月一八日修正申告)にあたり、譲渡所得については右譲渡価額から取得価額、宅地造成費その他の必要経費を控除して金額を算出し、これにその他の所得金額を併せて所得税の確定申告をし、申告納税額五三六万三七〇〇円を納付した。

(二) 右確定申告に対して被告は、昭和五七年一月六日、納付すべき本税の額を金一五一五万七六〇〇円と更正したうえ(新たに納付すべき税額は金九七九万三九〇〇円)、過少申告加算税四八万九六〇〇円を課し、かつ、本税に対する昭和五五年三月一六日から納入の日まで日歩二銭の割合による延滞税を納付すべき旨の決定をし、その旨を原告に通知した(以下、右の更正及び賦課決定を「本件更正賦課決定」という。)。

そこで原告は同年一月二一日、本件更正賦課決定につき異議を申し立てたが、被告は同年四月二三日これを棄却する決定をし、その旨を原告に通知した。

原告はこれを不服とし、同年五月八日国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は昭和五八年九月二一日、これを棄却する旨の裁決をし、同裁決は同月二三日原告に送達された。

2  処分の違法事由

しかしながら、本件更正賦課決定には次の理由による違法がある。

(一) 甲土地は、原告が昭和四五年二月二八日訴外森下忠造ほか二名から代金一五〇〇万円で買い受けた桐生市広沢町四丁目字屋敷四六八〇番一ほか五筆の土地(計五〇八二平方メートル)と、同年五月一九日訴外毒島亀から代金三四万五〇〇〇円で買い受けた同所四六八四番一〇の土地(一五四平方メートル)とを一体として宅地造成したうえ、道路など共用部分(一三五平方メートル)を除いて三区画に区分したもの(以下「本件各土地」という。)の一区画である。

(二) ところで甲土地は、他の二区画と異なり岩石地であつて、その堀削、搬出及び擁壁の設置を必要としたため、宅地造成の工事は甲土地に集中した。すなわち、造成工事をした業者のうち訴外本田建設株式会社(以下「本田建設」という。)には代金一八八三万三〇〇〇円を支払つたが、これは甲土地のみに係わる必要経費である。

(三) しかるに被告は、本件更正賦課決定において、「本田建設に支払つた代金一八八三万三〇〇〇円のうち金七六万一〇〇〇円を除いた残りは、甲土地だけでなく乙、丙両地にも均分して係わつているものである。」として、本件各土地の合計面積に対する甲土地の面積割合で計算した金額のみを甲土地に係わる必要経費と認定して、前記のとおりの更正賦課決定をしたのである。

しかしながら、右造成費用のうち搬出費、擁壁費及び坪平(地ならし)費等は本件各土地に均分して係わる費用と言いうるとしても、堀削したのは甲土地のみであるから、堀削費までも本件各土地に均分して係わる費用とするのは誤りである。

3  原告が納付すべき税額

以上の原告の主張に沿つて昭和五四年分所得税の額を計算すると、別紙計算書1及び2のとおり、新たに納付すべき税額は金二一八万五五〇〇円、過少申告加算税の額は金一〇万九二〇〇円に留まる。

4  まとめ

よつて原告は、請求の趣旨のとおり、本件更正賦課決定のうち、新たに納付すべき本税の額二一八万五五〇〇円および過少申告加算税一〇万九二〇〇円を超える部分の、各取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(処分の経緯等)は認める。

2(一)  同2(処分の違法事由)(一)の各金額は不知。その余は認める。

(二)  同(二)のうち、宅地造成が本田建設によつて行われたことは認めるが、その余は否認する(なお被告は、本件更正賦課決定の際には原告が本田建設に支払つた代金を金一八八三万三〇〇〇円とし、本訴の中途までこの金額を前提とする主張をしたが、真実の支払額は金一三五〇万円であることが判明したので、原告主張の支払金額も否認する。)。

(三)  同(三)のうち、被告が本件更正賦課決定において原告主張のような計算方法で甲土地に係わる造成費用を認定したことは認めるが、これを不当とする原告の主張は争う。

3  同3(原告が納付すべき税額)は争う(被告の主張する税額及びその計算根拠は、後記三のとおりである。)。

4  同4(まとめ)は争う。

三  被告の主張

1  原告の所得金額

被告が主張する原告の昭和五四年分の所得金額とその計算根拠は、以下のとおりである。

(一) 総合課税の所得金額 金一一一六万〇三六〇円

右金額は、原告提出の確定申告書に記載された配当所得の金額(九八万三七六〇円)と、給与所得の金額(一〇一七万六六〇〇円)の合計額である。

(二) 分離課税の短期譲渡所得金額 金二八七五万六三四〇円

右金額の計算過程は次表のとおりであるが、各項目の計算根拠は左記(1)から(4)のとおりである。

<省略>

(1) 譲渡収入金額 金四八〇〇万円

右金額は、原告が昭和五四年一〇月一二日、甲土地を訴外佐藤健二に売り渡し同人から受領した代金四七〇〇万円と、同月三一日同人から水道引込工事分担金の名目で受領した金一〇〇万円の、合計額である。

(2) 取得費 金一八六〇万四一一六円

右金額は、次のアないしウの合計額である。

ア 購入価額 金六二八万五八九二円

原告は、請求原因2(一)記載のとおり本件各土地を甲土地、一八三九平方メートルの土地(以下「乙土地」という。)及び一一九〇平方メートルの土地(以下「乙土地」という。)及び一一九〇平方メートルの土地(以下「丙土地」という。)の三区画に区分したが、原告が訴外毒島から取得した一五四平方メートルの土地は、丙土地内に一している。

そこで、甲土地の購入価額は、原告が、甲乙両土地及び丙土地の一部(一一九〇平方メートルの土地のうち訴外毒島から取得した一五四平方メートルを除いた部分)の合計四九四七平方メートルと、道路など共用部分(一三五平方メートル)の代金として訴外森下ほか二名に支払つた金一五〇〇万円、並びに登記費用九八九〇円の合計額を基礎として、次の方法により計算されるべきである。

a 甲土地分の取得代金 金六二八万二五九五円

15,000,000×2072/4947=6,282,595

b 甲土地分の登記費用等 金三二九七円

<省略>

イ 宅地造成費 金九七四万三六一八円

右金額は、原告が本件各土地の宅地造成のために訴外高崎測量事務所ほか一一名の工事業者に支払つた金員(計二九〇八万六六九六円)のうち、甲土地に係わる分として、別表1の方法により計算したものである。詳説すると、

a 本田建設に支払つた代金額は、金一三五〇万円と認定されるべきである。すなわた被告は、本件更正賦課決定においては、本田建設が受註した造成工事(以下「本件造成工事」という。)が原告に交付された見積書(三通)のとおりに実施されその費用も見積書の金額であることを前提として、原告が工事業者全員に支払つた金員の総額(別表1の「計」欄の「当初の被告主張」欄記載のとおり、金三四四六万九六九六円と計算)のうち本田建設に支払われた分を、別表1の「造成工事(本田建設)、当初の被告主張」欄及び別表2記載のとおり金一八八三万三〇〇〇円と計算した(このうち金六四八万二九五三円を甲土地に係わるものと認定)。

しかしながらその後、本件造成工事は見積書ひいては設計図のとおりには実施されていないこと、原告が本田建設に裏書譲渡した約束手形(訴外和光精密株式会社振出)の金額の合計が金一三五〇万円であり、これと金額を同じくする領収証が本田建設が原告に交付されていること、これ以外には原告ら本田建設に対する支払はなされていないことが判明した。

そこで、原告が本田建設に支払つた代金の額は金一三五〇万円と認定すべきものと主張を変更した次第である。

b 右支払代金のうち甲土地に係わる分は、次のように考えるのが合理的である。すなわち、

<1> 本件各土地は、原告が取得する以前既に現況に近い形状で造成されていた。そして原告は、乙土地に自宅を建築することを計画した際に、本件各土地を宅地として仕上げる限度で造成させたのであり、本田建設が実施した堀削、置き土及び地均し等も本件各土地の全体に及ぶものである(このことは、昭和五九年三月当時甲、丙両土地は平坦になつていたものの表土地に大小の石が散乱していたのに対し、乙土地は高級住宅地に相応しく庭園のようにすつかり整備されていたことからも明らかである。)。

<2> そして被告は、本件更正賦課決定の時点では、本件各土地の造成工事が見積書のとおりに実施されたことを前提として、本田建設に対する支払金額のうち甲土地に係わる分を、設計図面等を参考として別表1の「計」欄の「当初の被告主張」欄および別表2記載のとおり金六四八万二九五三円(五七二万一九五三円と七六万一〇〇〇円との合計)と計算した。

しかしながら本件造成工事は、前記のとおり見積書のとおりに実施されたわけではなく、支払金額も見積書を大幅に下回ることが明らかとなつたうえ、本田建設に支払われたと認めうる金一三五〇万円も、本件各土地ごとの費用額を画定しえる資料がない。それゆえ右金員は、三つの土地の面積割合に応じて本件各土地に配分するのが最も合理的であるから、別表1のとおり右金額のうち甲土地に係わる分を金五四八万三六三一円と計算し、結局、原告が工事業者全員に支払つた金員総額のうち金九七四万三六一八円を、甲土地に係わるものと認めたのである。

ウ 借入金の利子 金一六六万二四五〇円

原告が本件各土地の購入、造成のための借入金の利子として訴外大生相互銀行大泉支店ほか一名に支払つた総額四六〇万九一一九円の金員のうち、甲土地に係わる分は、それぞれの借入先からの借入金に甲土地に係わる割合(甲土地の購入価額六二八万五八九二円と宅地造成費九七四万三六一八円の合計額を、本件各土地の購入価額及び登記費用一五〇〇万九八九〇円、宅地造成費二九〇八万六六九六円並びに原告が訴外青島から取得した土地の購入価額三四万五〇〇〇円の合計額で除した数値)を掛ける方法によつて算定するのが相当である。

a 大成相互銀行分 金三〇万七二七三円

<省略>

b 和光精密工業株式会社分 金一三五万五一七七円

<省略>

(3) 譲渡に要した費用 金一五五万一七〇〇円

右金額は、甲土地の譲渡に際して、原告が訴外加藤哲郎に支払つた仲介手数料一五〇万円と、原告が訴外須藤茂に支払つた分筆手数料一五万五一〇〇円の三分の一に当たる五万一七〇〇円の、合計額である。

(4) 短期譲渡所得金額の計算

以上のとおりとすると、原告の分離課税の短期譲渡所得金額は、譲渡収入金額四八〇〇万円から取得費一七六九万一九六〇円及び譲渡に要した費用一五五万一七〇〇円を控除した、金二八七五万六三四〇円となる(なお甲土地の譲渡は、租税特別措置法三二条(昭和五五年法律第九号による改正前のもの)一項に該当する。)。

2  本件更正の適法性

以上のように、被告が主張する原告の総合課税の所得金額一一一六万〇三六〇円は原告が提出した確定申告書の記載と同じであり、分離課税の短期譲渡所得金額二八七五万六三四〇円は合理的な根拠に基づいて計算されたものである。而して本件更正における分離課税の短期譲渡所得の金額二六八六万一〇〇〇円は右金額の範囲内にあるから、本件更正の適法性は明らかである。

3  本件賦課決定の適法性

被告は、国税通則法六五条一項の規定に基づき、右更正により新たに納付すべきこととなつた税額九七九万三九〇〇円(ただし決定時の国税通則法一一八条三項により、金一〇〇〇円未満の端数は切捨て)を基礎とし、一〇〇分の五の割合による過少申告加算税四八万九六〇〇円(国税通則法一一九条四項により、金一〇〇円未満の端数は切捨て)を課したのであるから、本件賦課決定も適法である。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1(原告の所得金額)について

(一) 被告の主張1(一)は認める。

(二) 同(二)は争う。分離課税の短期譲渡所得金額は、金一四二九万七〇四六円である(その計算過程は次表のとおりである。)各項目の計算根拠については、左記(1)から(4)のとおり認否反論する。

<省略>

(1) 同(1)(譲渡収入金額)は認める。

(2) 同(2)(取得費)は争う。取得費は金三二一五万一二五四円である。すなわち、

ア 同ア(購入価額)は認める。

イ 同イ(宅地造成費)のうち、原告が本田建設以外の業者に支払つた分は認めるが、その余は争う。甲土地分の宅地造成費、別表1の原告主張欄にあるように金二三一四万二九八七円である。

a 同a(本田建設に支払つた代金額)は争う。

<1> 被告は本件更正賦課決定以来、原告が本田建設に支払つた代金の額を金一八八三万三〇〇〇円とし、原告もこれを前提として主張立証活動をしてきた。ところが被告は、本件訴訟の最終段階に至り、この金額の主張を金一三五〇万円と変更した。しかし、これを認めれば主張立証活動の大半をやり直すことになり訴訟遅延をもたらすから、被告の主張の差替えは時機に遅れた攻撃防御方法として却下されなければならない(ちなみに原告の支払金額は原告が立証責任を負う事実に準じて考えるべきであるから、被告が原告の申告書記載の金額を前提としたことは裁判上の自白に相当すると言うべく、これを差し替えるのは信義則にも反する。)。

<2> なお見積書の記載と、実施された工事との間に食い違いのあつたのは事実であるが、原告と本田建設との間の話合いによつて結局見積書どおりの金額に落着いたのであるし、本件更正賦課決定前被告は、「領収証のある金一三五〇万円の範囲内しか原告の支払額を認めない。」という態度を取つていたが、原被告間の交渉の結果、原告主張の金額を認めてもらつた経緯もある。

従つて原告が本田建設に支払つた代金の額は、別表1の「当初の被告主張」欄のとおり金一八八三万三〇〇〇円とし、工事業者全員に支払つた金員の総額は金三四四六万九六九六円と認定されるべきである。

b 同b(右代金のうち甲土地に係わる分)は争う。

<1> 同b<1>につき、本件各土地は原告取得時において既に三段の大きな区分けがなされていたが、少し手を加えれば完成するという程度ではなかつたし、本田建設が実施した工事は甲土地に集中した。すなわち原告は、当初は甲土地を自宅用地とするつもりで費用の大部分をこれに注ぎ込んだが、その後資金上の問題が生じたため、乙土地を自宅用地とし甲土地は売却して利益を上ることにしたのである。

<2> 同<2>は、原告が本田建設に支払つた代金額の主張の差替えを前提にしており、争う。

なお右の主張の差替えを認めず本田建設に対する支払額を金一八八三万三〇〇〇円であるとした場合、そのうち別表2記載の合計一六九九万二〇〇〇円は右<1>のとおり甲土地のみに集中した工事に関するのであるから、全て甲土地に係わるものと認定されるべきであるし、別表1の「当初の被告主張」欄記載の金一一三万円も甲土地の西側及び南側分にフェンスを設けた費用であるから、これも甲土地に係わるものと認定されなければならない。

従つて、原告が本田建設に支払つた代金のうち甲土地に係わる分は合計一八八三万三〇〇〇円であり、原告が工事業者全員に支払つた金員の総額のうち金二三一四万二九八七円を甲土地に係わるものと認定すべきことになる。

ウ 同ウ(借入金の利子)については、利子の総額及び計算方法は認めるが、甲土地に係わる分としては、前記イの造成費用の主張に基づき、次の額を主張する。

a 大成相互銀行分 金五〇万三一八一円

<省略>

b 和光精密工業株式会社分 金二二一万九一九四円

<省略>

(3) 同(3)(譲渡に要した費用)は認める。

(4) 同(4)(短期譲渡所得金額の算出)は、争う。原告の以上の主張を基礎に短期譲渡金額を算出すると、金一四二九万七〇四六円となる。

2  同2(本件更正の適法性)は争う。

3  同3(本件賦課決定の適法性)は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因1(処分の経緯等)は、当事者間に争いがない。

二  同2(処分の違法事由)のうち、(一)の事実、(二)のうち本田建設が宅地造成を行つた事実、(三)のうち被告が本件更正賦課決定において、本田建設に支払われた代金の額を金一八八三万三〇〇〇円とし、そのうち金一八〇七万二〇〇〇円は本件各土地に均分して係わつているとして、本件各土地の合計面積に対する甲土地の面積割合で計算した金額を甲土地に係わる造成費用とした事実は、いずれも当事者間に争いがない。

また、被告の主張1(原告の所得金額)にある原告の昭和五四年分の所得金額とその計算根拠のうち、(一)の原告の総合課税の所得金額が金一一一六万〇三六〇円であること、同(二)の分離課税の短期譲渡所得金額の計算根拠のうち(1)の譲渡収入金額が金四八〇〇万円であること、(3)の譲渡に要した費用が金一五五万一七〇〇円であることは、いずれも当事者間に争いがない。更に、同(二)(2)の取得費のうち、アの購入価額が金六二八万五八九二円であること、イの宅地造成費のうち原告が本田建設以外の業者に支払つた分も、当事者間に争いがない。

以上によると本件においては、原告が本件造成工事の代金として本田建設に支払つた金額、およびこのうち幾許を甲土地譲渡の必要経費として認めるべきかの検討が必要となる。

1  被告の主張の差替えの可否

原告は、本田建設に支払つた代金額につき被告が本件更正賦課決定以来金一八八三万三〇〇〇円としていたのを、本訴の中途において金一三五〇万円と変更することは許されないと主張するので、先ずこれを考えるのに、

(一)  成立に争いのない乙第三号証の一、二、第四号証、第八号証の三ないし六、八ないし一〇、第二〇号証の一、二一、原本およびその成立につき争いのない乙第一七号証、第一九号証の一ないし九、第二〇号証の二ないし五、八ないし二〇、原本が存在し原告が偽造したものであること及び写しの成立には争いがない乙第一八号証の一、二、第二〇号証の六、七、証人根津正人の証言、原告本人尋問(第二回、ただし後記措信しない部分を除く。)の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告は、昭和五四年分の確定申告に際し提出した資料のうち、本田建設が差し入れた見積書の合計金額と領収証の合計金額とが一致しないことを発見され、甲土地の造成工事が見積書のとおりに実施されているかを疑われた。しかし確証がなかつたため、本件更正賦課決定においては、見積書に従つて別表1(当初の被告主張)、2のとおり工事代金額を計算したうえ、これを本件各土地の地積に応じて配分して原告の所得税額を計算し、その後の昭和五八年の不服審査においても同様の取扱いがなされた。

しかし被告は、本件訴訟の係属中も本田建設に対する支払金額に関する調査を続行し、昭和六〇年一二月二一日に至つて、原告が本田建設に工事代金支払いのため差し入れた九通の約束手形(金額の合計が領収書と一致する。)を入手し、さらに昭和六一年八月五日本田建設の代表者を訪れ、「工事は見積書のとおりには実施されていない。原告は本田建設に対して手形でのみ支払いをしていた。乙第一八号証の一、二(同第二〇号証の六、七も同じ。)は原告が偽造した領収書である。」の供述を得た。

右の調査に基づき被告は、本田建設に対し支払われた代金額の主張を、金一八八三万三〇〇〇円から金一三五〇万円に改めた。

以上の事実が認められる。甲第一一号証及び本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  以上認定の事実を総合すると被告は、本件更正賦課決定当時から本田建設に対し支払われた代金の額につき原告の申告に疑問を抱いていたものの、確証が得られなかつたため原告の申告に副つた主張をして来たにすぎず、本訴提起時から金一三五〇万円と確信していながら意図的にこれに反する主張をしていたのではないと認められる。

そうすると、争訟中における行政処分の理由の差し替えが時機に遅れた攻撃防御方法や信義則違反と断ずべき場合がありうるとしても、少なくとも本件における被告の主張の変更は、故意または重大な過失により時機に遅れたとは言えないし、まして信義に反するものでないことは明らかである(なお原告は、代金額につき被告の自白が成立しているかの如く主張するが、右代金の額は、本件更正賦課決定の適法性を基礎付けるものとして被告において立証すべき事実と解せられるから、原告の右主張はもとより採用できない。)。

従つて、被告の右主張の差替えは許されるべきである。

2  本件造成工事の代金額及びその甲土地への配分

そこで進んで、本件更正賦課処分における本田建設に支払われた代金額の認定、及び右代金中から甲土地譲渡の必要経費を計算した方法が適法であるかどうかを検討する。

(一)  前記1(一)冒頭挙示の各証拠、並びに成立に争いのない甲第四、第五号証、乙第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二、第一三号証、第一五号証、原本及びその成立に争いがない甲第六号証、乙第九号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第一ないし第三号証、第七号証の一、二、第八号証の一、二、証人田村清の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証の一ないし七、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙第七号証の一、二、第一六号証、証人田村清、同塩沢朝雄の各証言及び原告本人尋問(第一回。ただしその一部。)の結果によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件各土地は、桐生市郊外の傾斜地の山林内にある土地であり、従前から土砂の採取現場とされていたので、原告の取得当時、地山を崩したまま地肌が露出し未整地の状態であつた。しかし既に三つの部分に区分けされており、そのうち中央西寄りの部分(甲土地にあたる。)は、北側の部分(乙土地にあたる。)及び南側の部分(丙土地にあたる。)よりも少し高かつた(なお本件各土地の西側は切り立つた崖であるが、昭和四四年五月建設省国土地理院(以下「国土地理院」という。)が撮影した航空写真には、この崖の東側(甲土地の概ね中央)に微かながら段差があるように写つている。)。

(2) 原告は、昭和四五年二月及び五月に本件各土地にあたる土地を相次いで取得し、当初は一八区画に分けて分譲する計画で、これに副う宅地造成の平面図と断面図を作成させ、同年秋ころ造成工事の許可を申請して翌四六年四月許可を受けた(ちなみに、右計画と何らかの関係を有すると思われる図面が四通あるが、そのうち「高崎測量設計事務所」の記名印が押してある二通の図面は、宅地造成の平面図(甲第七号証の一)と断面図(甲第八号証の一)であり、これらにおいては、従来三つの部分に分れていた本件各土地を崩し、全体を水平に近く均して一八区画に分けるように描かれている。しかるに四通の図面のうち作成者名の無い「広沢地区宅地造成地形図及宅地平面図」と題する図面(甲第七号証の二)は、三つの土地に区分された本件各土地の平面図であるが、甲土地には険しい山道様の等高線が描かれている。なお作成者名の無い「広沢地区宅地造成宅地断面図(1)」と題する図面(甲第八号証の二)は、「高崎測量設計事務所」の記名印が押してある断面図(甲第八号証の一)と殆ど同一のものである。これら四通の図面の作成者、作成時期等は、これを確実に認定させるに足りる証拠がなく、不明である。)。

(3) ところが原告はその後、賃金上の問題から、取得した土地の分譲計画を取り止め、造成費用を低く押さえるため従前から存在していた三つの区分に従つて宅地化を進め、そのうちの一つに自宅を建築することにした。

そこで原告は、本田建設に、計画変更後の造成工事の一部を請け負わせたが、同社は昭和四九年七月三日、訴外東毛測量設計株式会社(代表取締役田村清。以下「東毛測量」という。)に右工事に伴う土量等を依頼した。同社は、同年七月四日測量に着手して同月一三日これを完了し、三通の設計図面(別紙図面一ないし三)を作成し(なお、右図面では甲土地はNo1、乙土地はNo2、丙土地はNo3と表示されている。)、更に同年八月一九日本田建設の依頼により現地に赴いて工事の方法を指導したり、土地の仕上げ面の目安に板を張るいわゆる丁張をした。

(4) 東毛測量作成の三通の設計図面は、色分けとその説明部分を除き別紙図面一ないし三のとおりであるところ、別紙図面一の平面図においては、甲土地にあたる部分はU字溝に囲まれ、その西側部分から北西側部分にかける僅かな段差が描かれており、乙土地の中央やや西寄りには相当の大きさの段差が描かれている。また別紙図面二及び三は、甲・乙両土地の概ね中央を北から南にかけて従断する直線上の数点を直角方向に切つて、それぞれ現状の断面と計画上の断面を描いたものであるが、とりわけ西側傾面において、甲土地よりも乙土地の方が現状と計画との差が大きく描かれている。そして各断面図に基づき本件各土地の堀削量を計算すると、甲土地が五七一立法メートル、乙土地が一三一八立法メートル、丙土地が九二五立法メートルとなる(なお東毛測量は本件各土地間に土質の差異はなくいずれも軟岩である旨を別紙図面一に記載した。)。

ちなみに原告は計画変更の許可申請に際し、右の各図面を添附している。

(5) その後本田建設は、東毛測量作成の設計図面に従い工事費用の見積書(三通)を作成してこれを原告に差し入れたが、原告に値切られ、本件造成工事の一部を訴外塩沢朝雄(以下「塩沢」という。)に下請させた。そして塩沢は、昭和五〇年の四月から九月ころにかけて本件各土地の地盤を堀削したうえ、擁壁部分のブロック積みしU字溝やヒューム管の敷設する等、約四箇月間にわたつて工事を実施した。この工事の結果、甲土地が乙、丙両土地よりも少し高くなり、この間の段差にはブロックが積まれて、現在の本件各土地の原型が出来上がつた(なお塩沢は、東毛測量作成の設計図面のとおりに工事をしたのではなく、県知事の工事完了の検査に合格する程度にまで大まかに実施したもので、代金も出来高払いの約束であり、工事の項も訓あるいは工事面積に応じて金額を計算し請求するものではなかつた。)。

(6) 原告から本田建設への代金の支払いは全て手形で行われたが(その一部は本田建設から訴外塩沢へ下請代金の支払いのために譲渡され、昭和五〇年八月から一一月ころにかけて決済された。)、右手形は全部で九通でありその金額の合計は金一三五〇万円であつた。これに対して訴外本田建設は、領収証五通を原告に差し入れたが、その合計金額も金一三五〇万円であつた。

ところで原告は、昭和五四年分の所得税の確定申告に際し資料として前記の見積書と領収証を提出したが、両者の金額が異なつていたため税務署に怪しまれ、後に、両者の金額を一致させるように領収証を偽造した。

(7) ちなみに昭和五〇年一〇月ころ本件各土地を撮影したと説明されている写真においては甲、乙両土地とも未整備の状況であるが、その後撮影された写真には順次、U字溝、ガードレール、擁壁等の設置が進み、乙土地には原告の居宅が建築され庭園の整備も行われている状況が写つている。

そして昭和五五年一〇月に国土地理院が撮影した航空写真は、前記の昭和四四年撮影の航空写真(昭和五〇年一月撮影の航空写真も概ね同じ。)に写つていた崖の東側の段差がなくなり、甲、丙両土地が平坦にはなつているものの未だ更地状態であるのに対し、乙土地には既に原告の居宅が建築され土地の状態も甲、丙両土地とは明らかに異なり人為的な工作がなされている様が写つている。

また、昭和五九年三月および同六〇年八月撮影の写真には、甲、丙両土地が平坦にはなつているものの表土には大小の石が散乱しているのに対して、乙土地は高級住宅に相応しい庭園のようにすつかり整備されている状況が写つている。

(二)  以上の認定事実に、前記に冒頭の争いのない事実及び同1(一)認定の事実を加えて、以下検討する。

(1) まず、本件造成工事代金について考えるのに、

被告が本件賦課更正決定において本田建設に支払われた金額を金一八八三万三〇〇〇円としたのは争いのない事実であるが、これは原告から提出された見積書に副うものであるところ、右見積書は東毛測量が作成した別紙図面一ないし三の設計図を基本としていたことは前記のとおりである。

ところが前認定によれば、本田建設は見積書の造成費用を原告に値切られているし、本件造成工事を下請した訴外塩沢は本件各土地の堀削はしたが、東毛測量作成の設計図面のとおりに実施したのではなく、本田建設との代金支払約束も厳密な計算によるものではなかつたのである。そうとすれば、右見積書や設計図のみを根拠として造成費用を計算することは精確を欠くと言わねばならない。

これに反し、原告から訴外本田建設への代金の支払が手形で行われその金額の合計は金一三五〇万円であり、これに副う金額の領収証も本田建設から原告へ差入れられていること前認定のとおりである以上、本田建設に支払われた代金の額は一三五〇万円と認定するのが相当である(これにつき原告本人は、手形以外に現金で支払つている旨を供述するが、原告が見積書と領収書との金額を一致させるために本田建設作成名義の領収証を偽造した経緯に照らすと、右供述は不自然であり措信できない。)。

(2) 次に、右代金額のうち幾許が甲土地に係わるのかについて検討する。

ア 始めに本件造成工事の概要を見るのに、前記認定によれば、本件各土地は桐生市郊外の傾斜地に位置するが、原告が取得する前から三つの部分に区分けされ、甲土地にあたる部分は乙、丙両土地にあたる部分より高く、その間には段差があつた。そして訴外塩沢は本件各土地を堀削し、擁壁を積んだり排水施設を設けたりしたが、本件各土地の位置関係に変動はなく、結局本件造成工事は土地の形質を本質的に変更するような内容のものではないと言いうる。

しかしながら他方において、前出の昭和四四年五月、同五〇年一月および同五五年一〇月撮影の各航空写真を対照してみると、甲土地の概ね中央に見られた段差がなくなつているから、堀削がその部分についてもなされたことを推認しうるが、これが本件造成工事全体の中でどの程度の比重を持つのかは判明しない。

イ しかしながらなお考えるのに、本件造成工事が東毛測量作成の設計図や本田建設作成の見積書のとおりに行われていないことは前記のとおりであるが、原告の本件工事の設計変更の動機が造成費を低く押さえるために従前から存在していた三つの区分に従つて宅地造成することにあり、原告地震、計画変更の許可申請に際し東毛測量作成の設計図を添附して提出しているし、アで検討したとおり実施された工事は土地の形質を本質的に変更するような内容ではなかつたのであるから、本件造成工事が東毛測量作成の設計図と全くかけ離れたものではなかつたことも事実と言えよう。そして前認定によれば、東毛測量は現地調査をし、その後現場で工事の指導をしたり丁張をしているのであるから、右設計図面は、当時の本件各土地の状況をかなり正確に把握して作成されているものと推認してよいと思われる。

そうだとすれば、前記(一)のとおり右設計図のみを根拠として造成費用の計算やその甲土地への配分をすることは相当ではないとしても、本件造成工事が右設計図面に近い内容で実施されたことを前提として、堀削の内容、程度を概略的に把握し、工事全体の中での甲土地に係わる分の比重を推し量ることは可能であると考えられる。

ウ そこで検討するのに、東毛測量作成の設計図(別紙図面一ないし三)のうち、平面図において甲土地より乙土地の方が大きな段差が描かれており、断面図においても甲土地より乙土地の方が堀削すべき断面が大きく描かれているし、計画堀削量も乙、丙、甲の各土地の順で少なくなつているのであるから、堀削工事中に甲土地に係わる分の比重は、造成費用の全部又は大部分を甲土地分に配分すべき程度にまで大きくないことは明らかと言わねばならない。

エ なお、堀削工事全体の中で甲土地に係わる分が占める比重について、訴外塩沢及び原告本人は、「甲土地をもつとも多く堀削し、土質も軟岩であつたので難工事であつた。」を供述し、甲土地が険しい山道状の地形となるような等高線が描かれた平面図も存する。

しかしながら、前認定のとおり訴外田村は現地調査の差異に本件各土地の間に土質に差異はなくいずれも軟岩である旨を設計図面に記載しており、原告も右設計図面を計画変更の許可申請に添附しているという事実も併せ考えると、右各供述はにわかに措信しがたいし、右平面図の作成者、作成過程について原告本人はあいまいな供述をし、同図面の内容も前認定の甲土地の状況とあまりにも異なるので、結局これらは堀削工事全体の中で甲土地が係わる分の比重についての前記判断を覆すに足りるものではない(なお、前記のとおり「高崎測量設計事務所」なる記名印が押してある平面図と断面図、及び右平面図と殆ど同じ内容の作成者名のない「広沢地区宅地造成宅地断面図(1)」と題する書面も存在するが、いずれも本件工事の計画変更前のものであるから、計画変更後の堀削工事に係わる前記判断を左右しない。)。

オ 念のため、堀削工事以外の工事について甲土地と乙、丙両土地にそれぞれ係わる分を比較してみるのに、造成工事着手後の昭和五五年当時の写真、航空写真において乙土地は既に甲丙両土地とは異なつた人為的な工作がなされている状況に写つており、同五九年当時及び同六〇年当時の写真でも、甲、丙両土地は石が散乱しているのに、乙土地は高級住宅に相応しい庭園のように写つているのであつて、堀削以外についても、甲土地のみ特別に力を注いだ工事がなされている事実はないと認められる。

カ 以上からすると、本件各土地の造成工事費用の全部又は大部分が甲土地に充てられたとはとうてい言えず、また、どの程度が甲土地の造成に充てられたかを具体的に認定することも不可能であるから、結局、本件各土地の面積に応じて配分する方法が最も合理的と言うべきである。

従つて、本件造成工事代金のうち甲土地に係わる分を画定するにつき被告が採用した計算方法は是認することができる。

3  小括

右のとおり検討したところによると、被告が本件更正賦課決定をなす前提とした各項目は、原告において争う取得費の中の宅地造成費(被告の主張一(二)(2)イ)の計算も含め、その認定は相当と言いうる。

なお取得費の項目のうち借入金利子の算定(被告の主張1(二)(2)ウ)について付言するのに、利子の総額は当事者間に争いがなく、被告主張の利子の計算方法は合理的と考えられるところ(原告もこの計算方法じたいに異を称している訳ではない。)、右計算の基礎となる宅地造成費は前叙のとおり認定すべきものであるから、結局被告の借入金利子の計算にも誤りは認められない。

そうすると、譲渡収入金額、取得費、譲渡に要した費用のいずれの面においても被告の計算には違法とすべき点がなく、従つて、分離課税の短期譲渡所得金額ひいては原告の昭和五四年分の所得金額全体の計算も、適正になされていると解することができる。

三  最後に、被告の主張2(本件更正の適法性)及び同3(本件賦課決定の適法性)について検討するに、以上のように被告が主張する原告の所得金額の算定は合理的な根拠によるものと言えるから、これを前提としてなされた本件更正賦課処分の適法性は肯認するに十分である。

四  よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 春日民雄 裁判官 高橋洋子 裁判官 小木曽良忠)

物件目録

桐生市広沢街四丁目字屋敷前四六八〇番五

一 山林 六一〇平方メートル

同所同番一二

一 山林 一四六二平方メートル

合計(二〇七二平方メートル)

(別紙)

計算書(1)

<省略>

(別紙)

計算書(2)

――短期譲渡所得<29>の税額――

<省略>

別表一

宅地造成費の計算

<省略>

<省略>

別表二

造成工事(本田建設)の内訳

<省略>

別表三

造成工事(前田建設)の内訳

<省略>

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